奄美方言音声データベース

方言五十音別索引:オ

語彙数:134

1.オモて(名詞)craの敬語。xa'oよりやや古いらしい。長田の母は使っていた。大和浜でも一般に使っていたと、親戚の者は言っている。(類)xa'o、cra
2.オゴレズぃラ(名詞)得意顔。自慢顔。大人、子ども、どちらにも言う。
3.オとゲぃ(名詞)下あご。あご。(人、動物の。)あごが尖っている顔の人は、幸福にはなれないと言う。(対)agi(1)(類)xahaz
4.オーハナダリ(名詞)青っぱな。(類)hanadari、hanaNsiru
5.オヤシラズぃ(名詞)親知らずの歯。
6.オヤイブぃ(名詞)親指。busaではcjuusasiib《人さし指》に勝ち、jenaibQkwa《小指》に負ける。(類)busa、sisuN、gosuN
7.オースぃズぃ(名詞)青筋。静脈。(類)mjaku
8.オベルリ(動詞)悪化する(1度治りかけた傷、できものなどが)。病気は(類)mucixesuri
9.オーズぃキギン(名詞)iixarigiNに同じ。粗いバショウで織った布地を着物に仕立てて臼に入れ、アイを加えて杵でつき、うすい青色に染めつけたので、この名がある。
10.オンジョ(名詞)袖無し羽織の一種。ちゃんちゃんこのようなもの。仕事着の上に羽織る。経糸は太い糸、緯糸にはぼろ布を細く裂いたものを用いて織り、織りながら衿肩明きを明けて、衿だけ別布でつける。
11.オビ(名詞)帯。明治半ば以後本土から入った女の帯。種類も本土と同じで、その名称は次のとおり。maruobi《丸帯》、hukuroobi《袋帯》、nago'jaobi《名古屋帯》、haraa'wasjeobi《腹合せ帯》、ckobi《付け帯》、hito'jeobi《単帯》、haNhabaobi《半巾帯》など。帯を締めるのは上層の女だけで、一般の人はkjuubiをしていた。一般の人が帯をするようになったのはかなりのちのことである。
12.オビアゲぇ(名詞)帯揚げ。明治半ば以後本土から広帯が入って帯揚げを用いるようになった。限られた人が使った。(類)obi
13.オモて(名詞)表。(着物の)表地。(対)ura(次項とも下巻参照。)
14.オフテガン(名詞)ひさし髪。前髪に毛の芯を入れてふくらませ、額の上に突き出させた束髪の一種。大島にも本土から、日露戦争の後で入って来て、名瀬の一部の上層女子の間で流行した。長田の母は、明治38年の写真を見ると、このひさし髪に結い、腹合わせの帯を締めてるという、全く本土風の姿をしている。母の妹(明治21年生まれ)は、幼少のころからおかっぱ、お下げ、成人して束髪というように、髪形に関しては全く本土と同じ風であった。(母の実家大島家は名瀬に住む。)(類)xamaci'ju'I
15.オハツマゲぇ(名詞)稚児髷。少女の髪形の1つ。髪全体を上に上げ、頭頂に輪を2つ作った髷にする形で、元結いを2つの輪の間に通し、その上にxaNkubiri≪根かけ≫をかける。(類)xamaci'ju'I
16.オーイル(名詞)青い色。薄水色、青色、緑色、青紫色などを総称してooiruといっていた。染色としては、藍の薄い方の段階の色。
17.オーシマツぃムギ(名詞)大島紬。現在大島でこの織物産業が、産業の随一にのし上がった勢いは、驚くべきものがある。昔から伝わった染織の味と、近代的研究との融合が成功を招いたのであろう。昔は名のとおり紬糸を用いたと聞くが、盛んになったころは絹糸を用いていた。絣柄が多様化したのは大正期と戦後の今日であり、eecigizum の黒茶色の大島が全盛したのは大正期の方で、戦後の染色の特徴は色の面での多様化であろう。一方現今は純粋の草木染めや手織りの作品が数少なく非常に高価なものとなり、合成染料染め・機械織りの製品が普及している。本土で作られて名のみ大島紬を騙るものもあると聞く。多くの人が現金収入のあるこの産業に関係した仕事に携わり、田畑をかえり見もしないという本土復帰後の一般状勢は、大島でもやはり農村の生活が都市的消費文化にむしばまれてゆく姿と思えてならない。
18.オーシマツぃムギこーバ(名詞)大島紬工場。大正中ごろの好景気のとき、大島紬の需要が増して、それまでの家内生産では間に合わなくなり、業者は競って工場を建てた。現在は再び大島紬が流行しているが、工場の規模は大小さまざまである。名瀬には現代式の建物に50台くらいも機を立てているのがあるが、田舎の小工場で、5、6台だけを立てているものもある。ただ xooba とだけいっても紬工場のことである。(類) suubaa
19.オンジョウリ(名詞)oNzjo という袖無し羽織の形の仕事着の織り方。経糸は木綿の粗いもの(かつては粗いバショウ糸か)、緯糸はぼろ切れを使って衿明きをあけて織る。そうしないと、ぼろ切れが糸代わりなので、ほつれて来る。衿だけは別布を用いてつける。前身頃は左右別々に織る。oNzjo は《毛虫》の意。ぼろ切れの織り目がうねになり、毛虫のような感じになるからであろう。経糸はほつてないように結ぶ。
20.オサボレ(名詞)nohorimuN の尊敬体。お残しもの。(神仏の)お下がり。
21.オーダゴレ(名詞)大食い。たくさん食べること。
22.オーダゴレムン(名詞)大食い(の者)。大食漢。
23.オモいグサ(名詞)たばこの別名。思い草。この他に忘れ草、もつれ草などともいう。たばこについて次のような話がある。ある豪奢な生活をしていた夫婦があったが、夫が身をもちくずし妻を虐待して離別する。妻は再婚して10数年たったある日、みすぼらしい老人が背負いかごやざるを売りに来た。女は老人に同情して代金を過分に支払い、丁寧にもてなした。そういうことが度重なったある日、その老人は女がかつての自分の妻であることに気付き、自分を恥じてその場に卒倒して死んだ。女が老人を屋敷の片隅に葬ったところ、そこから生えた草が香りよいので、摘んで陰干しにして吸うようになったのが、たばこの始まりであるという。
24.オバン(名詞)(食事の意味の)御飯。muNが食事という概念をいうのに対し、具体的な面からいう。haNsobaN、eeciobaNというように、〜obaNというと、haNs《サツマイモ》やeeci《シャリンバイ》を加工してそのまま御飯としたものをいう。(haNsなどを米の飯に混ぜたものは(類)〜misi)また、haNsなどと対照させていうときは、米の飯の意。昔は食糧事情が悪く、一般はサツマイモを常食にし(haNsobaN)、祭りのときなどにだけ米飯が食べられた。また、主食、副食の別などなく、ただ腹が満ちればよいという状態であった。大正11年生れの人でも幼児は年に数回しか米の飯が食べられなかったという記憶があるという。次のような古い手まり歌を聞くと、もっと昔は木の実を御飯としたのではないか、と想像される。Qqjebuna'i、jebuna'i xa'joo、maNgwa、akuciobaN、xamaaso、eeciobaN xamaso.《っイブナい っイェブナい。[囃詞]勝っておくれよ、手まりさん、[勝ってくれたら]モクタチバナの実の御飯を 食べさせよう、シャリンバイの実の御飯を 食べさせよう。》(類)muN、asabaN、hiNmabaN、'juubaN、kusuobaN
25.オーミシ(名詞)米にアワを混ぜていた飯。
26.オーガい(名詞)アワがゆ。アワがゆについては次のような話が伝わっている。慶長14年薩摩の軍勢が奄美を攻めたとき、奄美の人々は敵兵が海から上がって来るや、アワがゆをかけて敵軍にやけどをさせて勝利を占めようと、各海岸で大鍋にアワがゆをたいて待っていたところ、敵軍は上陸するなり煮立ったアワがゆを食べて空腹をいやし、元気旺盛、大いに戦って奄美を制したという。アワがゆが用いられたのは、アワがまじないに効力があるとされていたことによるものであろうか。
27.オームチ(名詞)アワ餅。ckimuciの一種で、アワを入れる。美味だが、太家では作ったことはなかった。
28.オーヤセ(名詞)青菜類。菜っ葉。おひたし、煮つけ、汁の実などにする。料理の色どりによい。
29.オーモンジョ(名詞)柔らかいダイコンの葉を塩もみして、半日くらい軽く押しをして漬けたもの。大島では味噌漬は盛んだが、気候のせいで糠漬はできないので、こうした塩揉み、塩漬けも喜ばれた。
30.オモてジョーシキ(名詞)主人側の炊事の係(の使用人)。使用人の食事を作るのは、sjaa nu zjo(o)sikiという。多数が同居する旧家での役割り。

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