奄美方言音声データベース

方言五十音別索引:ソ ゾ

語彙数:42

1.(名詞)mara の言いかえことば。{さお}。形が似ているので言う。長田はあまり耳にしたことがない。
2.ソバハギ(名詞)外股。《そっぽを向くあし》の意。(対)xamahagi
3.ソダとぅり(動詞)育つ(人、動物、植物が)。生命を得たものが生命を保ち、一定の段階を経て成熟にまで達して行くこと。(類)hoderuri
4.ソダてぃルリ(動詞)育てる(人、動物、植物を)。umi nu o'ja 'joNma sodae nu o'ja《生み の 親 より 育て の 親》という諺があるが、本土から入ったものと思われる。
5.ソダチザかリ(名詞)育ち盛り。
6.ソダチブ(名詞)育つときの運。健康、愛情、家庭環境、経済面等にいう。(類)arebu、huu
7.ソラフ(名詞)(指先の)ひょうそ。
8.ソーシキギン(名詞)死者の近親者が葬式のとき着る着物。上層の男女が用いた。普通の着物の上から羽織る、白の寒冷紗の上着で、丈を短く、衿肩明きをあけて、衿はつけず、背縫いは4,5寸だけして袖もつけない。長田の記憶では、これを着て、女は、顔までかぶさる白い帽子をかぶった。(手拭い状の布を2つに折り、一方を輪にして縫う)。太家では大正初めの兄の葬式のときに着たのが最後で、昭和になってからは、本土同様紋付きを着るようになった。](類)sirujoogiN
9.ゾーリ(名詞)草履。明治の末本土から入って来た。専ら女がはいた。大島に入って来た当初は、表はイグサを編んだ畳表で裏は皮張り、かかとの部分が低い草履だったが、次第にかかとが2、3段ある高い物もはかれるようになった。表も皮張りのものがはかれるようになったのは、戦後のことと思う。(類)hakimuN
10.ソクハツ(名詞)束髪。女の髪形の1つ。明治半ば以後本土から入って上層の女子の間に流行した。同じころ一般の女子は未だonosubiをしていた。(類)xamaci'ju'i、ohutegaN
11.ソバルリ(動詞)ぎゅうぎゅう締めつけてまとめて、きつく結わく。(ふとん包み、行李などに紐をかけて、両手で引っぱって締めて、結ぶ。)(対)huQkuri(類)maQkuri、kubiruri、musuburi
12.ソロワスリ(動詞)(絣を)調整する。以前はoosuri と言っていた。現今の大島紬は、図案に合わせて織るので、かなり複雑な柄が織出せるようになったが、柄が複雑になるほど絣を合わせるのに苦労する。縦絣と横絣とを図案どおり調整するのには、2、3寸くらい織ってはckure、すなわち柄のつくろいをする。よく調整されていることをsorouri という。(類)urikirioosi
13.ソーゾク(名詞)装束;よそおい。
14.ソーネ(名詞)酢味噌和え。ぬた。ズイキ、ニラなどをよくする。材料の名に続けて〜zooneの形でいうことが多い。
15.ソームぃン(名詞)そうめん。本土から移入したものだが、御馳走の1つとして好まれ、吸い物仕立てにして客に供したりした。初めてそうめんを食べた人が、ツワブキと間違えて、このツワブキは柔らかくてうまい、と言ったという。(類)hi'jazoomN、aburazoomN
16.ソーけぃンブヌぃ(名詞)(ブタの)あばら(骨つき肉)。食用。sooxN《ざるの》-bun《骨》の名は形が似ているため。他の牛馬などの動物や人間の、外から窺われるだけものは(類)abarabun[ブタのあばらは食用として最上で日ごろ世話になっている家に歳暮として贈る習慣がある。]
17.ソバヤドグチ(名詞)現今の玄関に当たる出入り口。正面の庭に面したomoe'jadoguciに対しその脇の意。上層の家では、ここは同等以上の層の客の出入り口であり、ここから入った客は下座に坐り、亭主が上座の床を背にするようなしきたりである。しかしsoba'jadoguciから入った客でも亭主より上層の家の人や、年輩の親戚の男子などはomoe'jadoguciの方に座を占める。(類)'jadoguci
18.ソー(名詞)(天井の)竿。天井板の下に板と直角に並んで板を支えている木。役1.5尺ほどの間隔で入っている。
19.ソーけぃ(名詞)ざる。竹製。目の粗いuNzoox、目の細かいxubusizooxなどがある。
20.ソーラ(名詞)たわし。わらで作ったもの。もとは特に製品として売られているたわしはなかった。商品のたわしは、大正時代に名瀬売り出されたような記憶があるが、はっきりしない。それはa'wasiと呼び、昔ながらのたわしとは区別していた。わらのたわしは、使い込んでしなやかになると磨きものをするときに重宝した。
21.ゾーキン(名詞)ぞうきん。以前は一般にはぞうきんは使わなかった。板敷、縁側などはsoora《わらのたわし》でこすって水洗いをし、ひどく汚れた時や正月に備えて年に1度の大掃除には、あく洗いをして、その後ぼろ布でふき取った。
22.ソーシ(名詞)習字帖。学校の勉強道具の1つ。半紙を縦にこよりでとじて上に草紙、何年生、某と書いたものを下げて学校に通った。
23.ソー(名詞)竿。洗濯物を干すのに、一般には竿を用いず、垣根に掛けて干した。
24.ソーシキ(名詞)葬式。通夜を済ませて棺に納めた遺体は、Wromobiki《友引き》を避けて日どりを決めて、晩に野辺送りをする。葬儀を出した家を除いて村中の家では死霊を恐れて入り口の門に竿を斜めに立てかけ、門の両側の地面の上にクワズイモ(触れるとかゆい)を2本置いておく。親類その他で構成される野辺送りの行列の順序を、昭和35年4月11日長田が参列し、実見した大江房千代氏の葬儀を例にとって述べれば、次のとおりである。<1>micibiki《先導者》=icibaNa'imac《1番松明》<2>icibaNbaa《1番のぼり》<3>nibaNa'imac《2番松明》<4>nibaNbaa《2番のぼり》<5>ma'izjuku《塚の前に置く小机》[孫が持つ]<6>ckag《小さい墓標》[孫が持つ]<7>'jagjo《霊屋》<8>kwaN《棺》[kwaNxaam《棺かつぎ》は4人で、後ろが息子(寝棺では遺体の顔が後方になるようにかつぐので、後ろを息子が受け持つ)、前は甥、左側が親類の男子、右側が孫の婿というきまりでつとめる。]<9>Wregehe《補助》[2人]<10>ubragmuci《トベラギ持ち》[1人。kwaNxaamにつき従い、棺をトベラギで叩いて行く。]<11>saNbaNa'imac《3番松明》<12>saNbaNbaa《3番のぼり》<13>'jobaNa'imac《4番松明》<14>'jobaNbaa《4番のぼり》<15>gosjaN Wru hooki《杖 と 箒》<16>asizja Wru saba《下駄 と 草履》[霊屋の後ろと前に片方ずつ置く。]<17>mz Wru sehe《水 と 焼酎》<18>siNxoo、doosoku、ckg《線香、蝋燭、マッチ》<19>goza《ござ》[拝むとき小机の前に敷く。]<20>hana Wru hanazc《花 と 花筒》<21>kwaNckuri nu sekuniN《棺作り の 大工》[8人]<22>ixhuri《墓堀り》[4人]この行列に加わる者の他に家で葬儀関係の諸用に当たる役としては次のものがあった。{1}x'wari《薪割り》[3人]{2}zjoosiki《炊事》[24人]{3}hoxa nu ck《雑用(ほかの使)》[17人]{4}se'ima'I《精米》[1人。以前は8人くらいで精米をしていたが、現今は機会に変わったので、1人で事足りるようになった。新霊の供養のためには、参列者に腹一杯食べさせることが大事であった。外にかまどを石でしつらえる。{類}suugama]<1>から<22>までの人たちは埋葬の最後までつき添うが、この他に多数加わる参列者たちは、墓地の入口で枢を拝み、そこから帰る。墓穴掘りその他葬儀に関する一切の作業は村人相互の奉仕であったが、名瀬などの都市部でまず賃銀を払って人を雇うようになった。大和浜では昭和29年長田が改葬をしたときは、親類ともとの使用人などの手で9柱のものを奉仕でやってもらったが、昭和42年残りの改葬をしたときは、働き手に賃金を支払った。昭和45年帰郷の際はkwaNと'jagjo作りは公民館で共同作業で作っていると聞いたが、改葬に関して上記のような事情であるなら葬式の場合も昔とは事情が違っているのではないかと思う。棺の出たあと、家で行う事については{類}kwaN izjajaN ao.不幸のあった家では親類や村の主だった者に使を出して知らせるが({類}omurecke)、通知が無くて人づてに聞いた場合でも葬式には積極的にでかけることが良いとされる。(結婚などの祝いごとには招かれない者は行ってはいけない。)なお野辺の送りの詳しいことについては{類}xadohuri
25.ソーシキギン(名詞)葬式のときの着物。喪服。[時代によっていろいろ変わるが、長田の幼時は着物の上に白の襦袢ふうのものを羽織り、頭に寒冷紗の白の3角帽を冠る。(このかぶりものにどんな名がついていたか知らない。のりこし袋の作り方と同じように布の端を1方の耳に合わせて3角を作って縫う。)遺体に着せる死に装束と同じく、近親の女が3人で作る。縫うのに糸のとめをしないきまりである。長田の兄の葬儀の際、母が縞のお召しの上にこの白いものを羽織って悲しみに沈んでいる姿を、使用人たちが美しいと嘆じていたのをおぼえている。]
26.ソバうとゥ(名詞)xaxur'uuの少し控えめな言い方。sobaは≪脇≫の意。正式でない夫。
27.ソン(名詞)村。明治41年島嶼町村制実施に伴い出来た行政区画の1つ。大島本島で言えば、旧制度の13のhoo《方》が、下記のごとき8つのsoNになり、のち右寄りに注記するような改制を経て現在に至る。xasarisoN笠利村(のちに笠利町)、acugoosoN竜郷村、nazesoN名瀬村(のち大正13年名瀬町と三方村、昭和21年名瀬市、昭和30年三方村合併。)sumi'joosoN住用村、'jamaosoN大和村、'jakeucisoN(のちに宇検村)higasixaasoN東方村、ciNse'isoN鎮西村(のち鎮西町と古仁屋町。昭和31年合併して瀬戸内町。)
28.ソンヤクバ(名詞)村役場。明治初年のxoo'jakubaが明治41年島嶼町村制実施により、soNjoo《村長》の統べるsoN'jakubaと代わる。大和村の場合を言えば、大和村大字思勝小字永良にあったもとのhoo'jakubaまたxojo'jakuba(この古い役所のことは'jakuzjo《役所》とよぶことがある)が明治39年同地小字尾神の御蔵屋敷跡の敷地に移転し、大正7年改築された。もとの場所、建物は長田の通った小学校となった。 昭和47年再び移転した。[主として『大和村役場記録』による。]
29.ソーイリ(名詞)検地。すなわち官の行う土地測量。『代官記』には琉球服属時代の慶長の検地、薩藩服属時代の元和、寛永、万治、享保、弘化の検地が記録されている。
30.ソードー(名詞)騒動。喧嘩、火事など突発的な出来事の際、大勢の人の出入り・動きがあるときにいう。×葬式・婚礼などの儀式、または、あらかじめ手筈がととのっていることで人の出入りが激しいことには使わない。

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