奄美方言音声データベース

方言五十音別索引:ノ

語彙数:38

1.ノーミス(名詞)脳味噌。
2.ノー(名詞)脳。(病気のときに問題にする。)
3.ノングシ(名詞)猫背。
4.ノーマクイェン(名詞)脳膜炎。高熱の出る病気だが、冷やすことを知らず手遅れにすることがあった。
5.ノーうリ(動詞)縫う(針と糸を用いて布を)。(×人や物の狭い間を通り抜けて進むことには言わない。)いろいろな縫い方については(類)nu'ixaa(対)huQkuri
6.ノノ(名詞)布。大島で作られる布の種類は多いが、初めは草木の繊維を取って織ったもののようで、草木の繊維そのままで使うものと、葉、茎などを灰汁で煮て繊維を取るものなどがある。古くは、カラムシ、リュウゼツラン、続いてバショウの繊維が代表的なものであり、バショウは南方的風土の特徴を現わしている。一方絹は古くからあったが用いるのは一部上層階級に限られていた。近年は絹織物が盛んで、機織りの技術を活かした手織りや量産を誇る機械織りで、大島紬は奄美の産業のトップに立っている。柄は染めでなく織りで出すが、絣柄が特にすぐれている。織りは平織りの数種を伝える。(類)'uu、urikiri、hirauri また、大島で作られはしなかったが使われていた布地に、次のようなものがある。nisiki《錦》[noroの祭服に使用してある。]、doNsu《緞子》[noroの祭服、および与人の帯]、biroodo《ビロード》[男子紙入れ]、habua'je《羽二重》[noroの祭服に描き絵をしたもの]、a'juri《綾織》[緋色の毛織の鉄砲入れの袋。また、noroの祭服の型置き刺繍にも赤い毛織が使われている。]、cirumeN《縮緬》[与人、郷士格、横目、ならびにその子女や代官の妾などの帯。本土からの移入品か。]、haxaa《博多織》[与人、郷士格、横目などの官服の帯。](類)xoho
7.ノノウリ(名詞)布を織ること。小さなものなら機を用いず身近な道具を利用して、する。着尺なら以前はzibaa《地機、いざり機》、のちにnagabaa《高機》を使って織った。織り方は平織り、絽織などがあった。現今は大きな工場での機械織りによる大量生産と、自宅で注文を受けてする手織り(珍重され、高価)という、対照的なやり方が両立しているが、どちらも商品として作るもので、家族のために自分で織るというかつての習慣はほとんど失われてしまった。(類)nono、urimuN、haamuN
8.ノノ ヌ サンニョ(連語)布の経緯の糸数の計算。整経するとき、地の質やa'ja《柄》によって、どの糸を何本ずつ用いるか計算して出さなくてはならない。明治以前の大島の女性はほとんどが文盲であったから、このsaNnjo(より古くは'warizjasi《糸数の割り出し》)には苦心して独特の方法をとっていた。現今はデザインが複雑化したが、細かい図案があるので、数えやすくなった。(類)zuaN
9.ノノマキ(名詞)整経した経糸を、'umaki《千巻き》という棒に巻取ること。経糸を機にかけるための大事な基礎作業。前は親類の女たちの助けを借りて、2、3日がかりで行った。織始めになる部分の経糸を立ち木や挽臼などに縛りつけ、千巻きを持つ人、もつれた経糸を櫛で丁寧にくしけずって揃える人などの共同作業で進められた。現今は便利な機具を使って20分ばかりで巻けるので、隔世の感がある。(類)'umaki
10.ノノオぢゃゲぃ(名詞)をいつでも織出せるように準備万端整え終わること。経糸を'umaki《千巻き》に巻いて機にかけ、あぜを取った綜絖に通し、再び並べて筬に通し、先端を布巻きの溝に取付けてある小さな棒に結び付けて、husuを作り、かつては魔性のものの入るのをきらって7本5本3本の藁しべを織りこんでおく。整経に続いてこの工程も、かつては大変時間がかかると共に、技術と注意力と辛抱の要る仕事であった。
11.ノノヌオちゃゲぃヨウぇ(連語)機織りの準備を完了したときの祝。昔は布を織始めるまでに、長い時間と手間がかかった。いよいよいつでも織出せるというところまで行くと、機を織る女たちは、織り始める前に完了を祝い、この布を身につける人の幸せを祈って、盃に1杯の焼酎を飲んだ。今は布の準備完了祝をする人などもういない。
12.ノノヌたてぃツぃケぃ(連語)nonoojagに同じ。現在は、経糸の先端は棒に並んで付いている紐と結び合わすようになっている。
13.ノノヌミン(連語)布の耳、伸子を張って左右を揃える。
14.ノノヌシェメぇ(連語)布の織り終わりのところ。(類)kiNsiro
15.ノノズぃラ(名詞)布の外観。布の柄や織り方の粗密、色合いなど、いろいろ見た感じをとらえていう。×布の触れた感じは、(類)nonohada
16.ノノハダ(名詞)布の表(手でさわった感触からいう。)×見た目からは、(類)nonozra;hadaza'wari
17.ノかミス(名詞)糠の麹を主原料とした味噌の一種。糠に水を加えて手で握れる程度に湿らせ、それを蒸して糠麹を造る。nuki《副原料》には、ダイズ、サツマイモなどを煮たものを用いる。
18.ノか(名詞)ぬか。米ぬか。a《麹》にしてnoxamisu《味噌の一種》を作るほか、ニワトリ、ブタなどの飼料に、また化粧石けん代用に使う。こしきなどの割れ目に、ぬかとサツマイモを混ぜたのを塗りつけて湯気の出口をふさぐ。本土のようなぬか味噌漬はしない。大島は湿度が高く、すぐウジがわくからである。沖縄は湿度が高くないのでぬか味噌が作れると、長田はおばから聞いた。
19.ノこ(名詞)大のこ。刃が非常に大きく、目が粗い。太い丸太を直径に沿って半分に切ったりするのに用いる。
20.ノリと(名詞)祝詞。[年中行事の大工の祝に大工が大工神に捧げるものや、葬儀の際神官が奏上するものなどある。本土のことばが多分に交り入っている。]古くはiixutuba
21.ノロうリ(動詞)呪う。人の身の上にわざわいが来るように祈ること。(類)noreguci
22.ノレグチ(名詞)呪いのことば。呪いのまじない。この呪文を唱えて茶、水、酒など飲み物に吹きこむと、それを飲んだ人や動物を殺す力があり、また立ち木を枯らす力もあるという。ただし人さし指を伸ばして飲めば呪いは無効になるという。前歯が2重に生えている人(実在した)には呪文が効かないとされる。飲んでから呪文がかかっていると気づいたときには、modosiguciといって呪いを無効にするまじないを唱えれば、助かる。この恐ろしさは、たとえば次のような実話で解る。志岐昌智氏という医者が、病気の人の家でミカンを食べて、家に帰ってから腹が痛くてたまらないので、これはただごとではないと思ってすぐ下剤を飲んだところ、出て来たミカンは1かたまりになって何か見えない糸で絡み合っているようであったそうで、ミカンに呪いのまじないがしてあったとしか考えられなかったという。(志岐乙彦氏談)こののろいのまじないを知っている人は、ある特殊な家筋の人であり、誰がこの能力を持っているか誰にも知らされない。呪文の伝授は秘密に行われ、伝授された人は一生のうちに1度は必ず使わなければならない義務があるという。呪いではなく病気治療等のためにするまじないは(類)hoo。そのまじないの呪文を知っている人は(類)hoosja。(類)kuciiri
23.ノロ(名詞)巫女。かむなぎ。神の憑り代となって、人間に神意を伝える役。琉球服属時代は琉球からazi《按司》という長官が来て奄美全体を統治していた。その統治はnoroの祭によって神の仰せを聞き、それに従って行う祭政一致のものであった。noroの長は琉球王朝の聞得大君で、王家の姉妹もしくは王妃がこれに当たった。聞得大君を補佐するのが3人のamusirareで、奄美の和家はかつてこのamusirareに任命されたと和家の古文書は伝えている。『南島雑話』によれば、奄美のmoroは、大島を名瀬より北のwNhoo《上方》と南のsjaNhoo《下方》に2分し、北部を傍系のsjuuagami、南部を本系のmasuzigamiとよばれるnoroが統括したとのことである。慶長以後薩摩藩統治の下では、noroの制度は圧迫を受け、系図が焼却されるなどして、政治の表面からは退けられ、次第に下層階級の中で民間信仰の対象としてのみ存続するようになった。明治の新時代にも学校教育の場で迷信扱いを受け、大和村の金久や今里では遂にnoroの祭を廃する措置に出た。ところが祭のなくなったあとで、村の火事、山火事、水害など災害がうち続き、人心が動揺したので、村では再び祭の習俗を復活させるということがあった。戦後はまた事情が大きく変わったが、それでもなお一般民衆の心の奥にnoro信仰は決して消え去らず生き続けている。近世以降のnoroのつとめは、稲作、漁、造船、建築、天体の運行などの事に当たって、神に祈り祭をとり行って、よき事あれとはかることである。文献資料を欠くために古い時代のあり方は未詳だが、姓を同じくする集団に1人のnoroが居て、1つのone'jaで神を拝む。祭のときには1つの字の親noroの所に詣でてから各noroが自分のone'jaに詣でる、というのが、本来のあり方で、大和村今里ではこの形式を今に伝えていると考える。昔は親noroは夫を持つことを禁じられたが、のちには許された。しかしnoroの後継ぎは、自分の実家の兄弟の娘すなわち姪がなるのが決まりである。前述のnoroの復活のとき大金久ではまず'joa《霊媒》によって15、6才から20才くらいの未婚の女たちが選ばれ集められて、親noroになるくじを引かすことになった。親noroの家系の娘は身ぶるいしながらくじを引いたところ、やはり当人に当たった、と、大金久のnoroたちは神意の恐ろしさを長田に語った。世襲制度の絆からのがれるためにキリスト教に改宗する若い世代のnoroも居るのである。noroというものは、つまるところ'onarigami《姉妹が兄弟の守護神としての霊力を発揮すること》の1つのあり方かと考えられる。
24.ノロ ヌ インバン(連語)親noroが授かる印判。[琉球国から親noroに賜わる辞令にある朱印。親noroは一生に1度は必ず琉球に渡って王に拝謁し、印判のついた辞令を授かって来るしきたりになっていたという。(類)gjoiNganasi 古志の中田家の万暦2年の文書について、大島高校の平野教諭のグループの調査がある。かつて印判は拝見すると目がつぶれるといって目にすることができなかったという。『南島雑話』に大熊のnoroの得た万暦15年10月4日付の文書が写されているが、著者名越左源太翁は本土の人ゆえ見るを得たのであろうか。この印判9祭は正月の2日にWRone'jaにnoroたちが集まって三献をするという。]
25.ノロ ヌ ハか(連語)親noroの墓。noroの墓所は粗末だったという。富豪や旧家で墓所の粗末な例を2、3知っているが、いずれもnoroの家筋であった。[故大山氏談]
26.ノロ ヌ キリムン とゥ かザリムン(連語)祭のときのnoroのいでたち(着物と服飾品)。[往時noroの行事が盛んであった頃のものは、各地の旧家に遺品があって、かつての美しさが偲ばれる。『南島雑話』には親noroの正装のスケッチがある。また鎌倉芳太郎氏が大正時代に太家のものをスケッチしてあり、のちに散逸してしまったものを補う資料となっている。現在ではたとえばnoroの祭が遺っている今里でも大熊でも、ふだん着の細かい縦縞の着物などに細帯を前で結び、白木綿の広袖の着物を打掛けとして羽織る。全員白木綿の鉢巻を後ろで結んで長く垂らす。親noroは玉の首飾りをかける。今里ではこのくらいの簡素な服装で、大熊では頭髪にツルシノブの飾りを巻き、親noroは大きな扇を持つ。]
27.ノロ ヌ いルン とロ(連語)祭祀を行うときのnoroの居並び方。[親noroを中央に、それを補佐する上脇、下脇が(右左に)つき、他のqquQkaN、'igami、WReruxogamiらが順に連なって輪を作るように坐る。親noroの正面に神棚がある。]
28.ノーガッコー(名詞)農学校。明治34年名瀬に県立大島農学校設置。本科3年卒業生382名を出し、その人たちは多方面に活躍した。
29.ノーメぇ(名詞)玄米。そのまま飯や粥に炊くと喉につかえるので、炒ったものをひき臼で手早く半割りくらいにしてから、飯や粥の吹き上がったところに混ぜて炊いて食べた。香ばしくて食べやすかった。4升の玄米を1000回つくと大分白くなるのを、長田は小学生のとき経験して知った。玄米茶は作らない。(対)hakume(類)xum
30.ノか(名詞)米糠。米をついてふるいにかけると、糠が下に落ちて米だけが残る。ふるいの目の大きさによって粗糠、細糠を作る。細糠は石けんの代用として浴用、洗髪などに使い、粗糠はニワトリ、ブタの飼料とした。この他には蒸して味噌用の麹を作ったり、skza'i《エビとりの方法の1つ》のときの餌、赤土と練り合わせてせいろの修理などにも用いた。

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